草なぎの難を逃れた日本武尊は「えぞ」征伐に東へ東へと進んで行きました。いよいよ目指す相模の国の阿夫利山(大山)に兵を進められたのです。 しかし、もう少しのところで、兵士達は、いきも絶え絶えに疲れ果ててしまったのです。それもそのはず、この辺りには一滴の水もありません。のどはひりひりと焼きつき、水欲しさに気も狂わんばかりです。 その姿を見た日本武尊は、 「水無きを憂う。」 と、申され、そばにあった大きな石を力強く踏みつけられました。すると、どうでしょう。大きな石の下からこんこんと清水が湧き出したのです。それを見た兵士達は、大喜びでのどを潤し、元気を取り戻したのです。 そして、この水はどんなに日照りが続いても水が枯れたことがなく、村人達の飲み水として使われてきました。村人達は、水のお礼と日本武尊の恩を忘れないため、石碑を建てて徳を伝えてきたそうです。 ところが、明応7年(1498)に大地震が襲い、こんなに村人達につくしていた清水も地震には勝てなかったのでしょう。一瞬にして埋まってしまったのだそうです。不思議にも片足の足跡だけは、地表に残されたのです。大きくあいた足跡は、今でも菩提の山の中に残っていて、いつもいつも、水が溜っているそうです。 |